2014/09/05

NPOいい会社をふやしましょう 組織で動かす普通の人たち  鎌倉投信株式会社 鎌田恭幸 に伺いましたメモ♯2

NPOいい会社をふやしましょう 組織で動かす普通の人たち 鎌倉投信株式会社 鎌田恭幸 に伺いましたメモ#2

『いい会社の理念経営塾』
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日時 2014年8月6日(水)19時00分~ (開場18時30分) 
スピーカ 鎌田 恭幸氏 (鎌倉投信株式会社 代表取締役)

~続き~

鎌倉投信を立ち上げたときは一人の思いから始まっていて皆さんが天才的な人ではなかった。
誰でも思いつく発想で事業を立ち上げているが、成功する人は「平凡な人が平凡なことを非凡にやり続けた。」
あきらめずにやり続けたことが決定的に違っている。

たいていの方は運が良かったというが私から見ると正しい表現で、運に気が付くまでやり続けた。
その一点で真理があると思っている。



諦めないうちは失敗ではない、成功までのプロセスである。



そういう人を見ていて感じるのは、皆さんがあまりに自然体に感じる。
自分がやっていることを誇示するスタンスがあ内、きわめて、自然。


なぜ自然体が、成功するか 自然体が一番強いから。
無理のない姿勢がその人の力を一番発揮できるから。


深く深く知っているひと気づいている人は、揺らがない、由来のない力を発揮する。
ありのままを磨け。


成功とは平凡な人が平凡なことを非凡にやり続けることから生まれる。


色々な成功者からはそういったことを学んだ


島根県大田市生まれ
父:農業をやっていた
母:雑貨屋を営んでいた


振り返ってみると、商売をやっていた母親の姿に影響を受けていたその時の感覚が自分に染みついていたと感じる。社会人になり 三井信託銀行に入社


高校の入学倍率は0.95倍で名前を書けば入れる高校でした。大学に入学し、何も考えずに部活の先輩に呼ばれて、三井信託に入社した


1999年 BGI信託 入社、 
2008年 1BGI退社
2008年 11月 鎌倉投信企業


三井信託に入った瞬間に悩んだ、「何のためにやるのだろう」与えられた仕事はこなして知識・経験を身に着けていったが何のために働くのだろうと感じた


根っこのところで満たされないことがあった。何度も転職しようと思った。
1回目、2回目の時はとどまるが3回目の時に転職するもの。


「何のために」を思った。



三井信託会社の社是は「開拓と奉仕」となっている。お客様の財産を預かり大事に運用すること。
しかし入社後、11年間一切聞くことはなかった。
年初のくんとうは社長室にかかっている看板だけだった、自分たちが如何に儲けるかの話ばかりだった。


そんな中、BGIに転職ました。
転職した理由は金融の知識を磨きたいというスキルベースの転職だった。
バークレーズグローバルインベスターズは当時、グローバルで250兆円当時を運用していた。
日本の年金に導入してくるのはある意味やりがいになっていた。

2000年以降デリバティブなどが非常に増えてきたことでジレンマを抱えるようになってきた。 
2008年にグループ会社3社をまとめるプロジェクトを最後の置き土産にして会社を退職した。


「何のために自分が何をやるか」を初めて考えた。


色々な人と話をした。金融の世界で疲弊しながらやることは想像できなかった。
もう二度とやるまいと思っていた。何か社会に貢献できることはないだろうかと考えた。


色々な社会貢献をしている人とかかわって、そういう方々とそれなりの時間をかけて行い、
色々なことに取り組み金融は健全に機能しないと社会に広がらないことがある。


すでに志がある方をサポートする金融の仕組みを作れないかを感じた。
そういったことを考える中で思いついた人が運用責任者の新井和宏さんだった。
誰に運用してもらうかがよいかを考えて、彼にあたった。


彼は当時難病をわずれっていて、資産で言うと2兆円ぐらいをグローバルなマーケットで運用していた。彼自身も運用の現場に立てないと思っていた。僕が彼にもう一回運用の現場に立てないかと声をかけた。


「もう一回やらないか」と、新井とはグループ会社で近い存在ではなかった


自分は本当に社会の役に立つ仕事をしたいと言っていて、頭にこびりついていて新井さんもう一回やろうと話しかけた。彼は体を壊しているし家庭もあるので無理だと言われた。


それなりの成果を上げていたけど本当の意味で社会の役に立っているのだろうかと聞いたときにかれは回答を出せなかった。
その後であった本が日本で一番大切にしたい会社にであい、彼は金融の仕事にかかわってきたが「いい会社」を応援したり支えたりすることができていなかった。


もし、こういう会社を応援する企業になれるのであればということをきっかけになった。


彼を含め創業メンバーが4名いた。新井さんと話す中で、塚本さん、平口さんであり法規、オペレーションのノウハウを持っているのが2人です。


約半年間徹底的に議論した。なんのためにそれなりのポジションをなげうってリスクを取って事業を立ち上げてやるのか?考え抜いて約半年間くらいあった。合宿して色々なことを考えた。


ヴィジョンや理念はどんなか。模造紙にまとめた。

 →会場向けのパワーポイントに模造紙の画像が表示される



鎌倉投信が「なぜ成功に向かっている」ときかれたかというと
奇跡的に4人がそろったから
このタイミングでスペシャリストがそろったから


走りながら考えるというやり方をする人も少なくないが、新しい事業を立ち上げる際は
「何のためにやるか」を徹底的に考える必要がある。「誰とやるか」を考える必要がある



その上に、「何をやるか」がある。


その次にタイミングが良かったリーマンショックの後に会社を創業することができた。


どん底の時にスタートした。


リーマンショックの半年前にやめて退職金をもらってもらったお金を退職金の鎌倉投信につぎ込みました。半年後に退職していたら退職金がもらえなかったので鎌倉投信が作れていなかった。


自分の中で何かこういうことが起きるということを予感していたのかもしれない。


自分が金融でこれ以上はもたないという予感が起きていたのかも知れないという予感とぴったりだったかもしれない。


専門能力やお金、人も必要だが、こんなにこの事業が難しいとは思わなかった。


彼らはその難しさを知っていた。僕はそこまで金融の事業に悩まずなんとなく素人感覚だったのだと思う。
素直にやりたいこと、ストレートに思ったことに専門家が集まったの時期がよかった。



今まで一生懸命やってきた点と点が合わさった瞬間になった。2008年11月に起業した。
そういう時に株式に投資する事業を立ち上げようとしたのでお前絶対成功しないからやめとけの世界だった。日本株は20年間上がってない時期で、何年も利益が上がらない


しかも、鎌倉から歩いて20分、投資対象はいい会社・


銀行に行っても鎌倉投信の取引口座を開けてもらえなかった、非常に冷たい対応をされたことを今でも覚えています。
同業の連中から無理だ無謀だと言われるのはある種の褒め言葉だと思った方がいい。


「無理だよ、成功しないよ」と言われるものに挑戦していかないと成功しない、世の中を疑えということ
経済が右肩上がりの時は今まで通りでもいいが、今の経済の状態で過去の成功に倣ってもうまくいかないことがある。


よく新井が、変態という表現をするが物事の常識を疑ってみた方がいい。同業連中が成功しないというのはやるだけの価値があると思った。


起業した際に苦しみや不安になることもあった。毎日不安になることはあった。常にジレンマに苦しみました。毎朝、毎朝、何のために鎌倉投信を立ち上げたのか考えた。


何のために鎌倉投信を立ち上げたか考えた。


あるとき。「金融を通じて平和への「祈りをささげる」」ということをふと思った。


こういう生き方をしようと、自分の勝手な生き方。それは、確信に変わる瞬間は東日本大震災のときだった。世の中の株式市場全体が、震災直後株価が暴落した。市場平均株価が20%だった、ゆいはー10%程度った。


あわてて売り逃げる人が多い中、全く違う投資行動をした。売る人は皆無で買っていただくお客様が多かった。大変な状況だからこそ頑張っている企業を支えたいというメール、お手紙をいただいた。
私はそういうお金を預かっている以上、一生懸命運用をしていく必要があると感じた。


お金というのは色がないけど使う人の心の色に染まると感じた。その時に感じたのが幼少の体験記でした。蒲田さんどうしてこういう仕事をしているのですか?ときかれるとお金は命であるというイメージがすごくしみついている。


「お金は命である」


一生懸命働いたお金を預かりそれをいろいろな企業に投資試写会に反していくことが本当の役割と感じた。いい会社とは何か?


いい会社の定義はこのようにした。


■いい会社は本業を通じて社会に貢献する会社
 会社にかかわる人が幸せだなぁと感じる会社をふやしたい。


そういう実感を抜いた「給料が高い会社はいい会社ではない。」
本当の意味で生かされているわけではない。真に人がいい会社と思う会社を増やしたい。


社屋は古民家を再生して利用しています。何で鎌倉で金融事業をしているのかと言われるが
「思想、信条を表しやすい場」が鎌倉であった。
考え方を表現しやすい場所を選んだ。志を曲げれないしお客さんも考えに曲げようがない。
日本で初めてナショナルトラストが開かれた場所が鎌倉でした。 


会社の志
・3つの輪が鎌倉投信の信条。和、話、輪。
 つながりのある投資をしていきましょう。


 大きな問題、日本がここまで低迷している原因は金融にかかわる人の精神性の欠落が多いと感じる。銀行預金の預金量が700兆円あるが経済社会に生かされていない。
 本当に生かされる企業、雇用、子供たちのための金融マンが乏しい。日本はお金がないわけではない。預金量も半分くらいありますが、金融にかかわる人の精神性の欠落がある。


 リーマンショックは、社会、経済に甚大な問題があると思う。
 銀行は預金という名前でお金をもらい、富の一部を預金者に反すはずだが富を生んでいない、仮に1%とは言わないが0.5%でも利息を付けるように新しい企業産業にファイナンスすることができれば、10年間でどのくらいの価値が生まれたか。。
 そしたら増税なんかしなくてもよかったかもしれない。


 真剣に向き合ってきたかということ、そういうことができない限り新しい日本の再生ができないだろうなぁと思っている。


 創業メンバーで考え抜いて、自分の中でもっている母親が持っているDNAはこの時感じた。
 母親は365日店を開けていた何人お客さんが来るかわからないが何で毎日あけるの?と聞くと
 店が1件しかないから 朝4時に起き市場に行き、8時くらいには品物を並べていた。


 母親が行商に行くときに、必ず何かお土産を持っていました。子供が3人いたらおやつを必ず持って差し上げていたがものすごくもったいないなぁと感じたが。お客様がどうしたら喜ぶかを自然に行っていた。
 
 母親の店は「つけ」でやっていた、月に一回の回収で行っていて、いわば信用商売のようなことをやっていたがお客様との信頼関係がないと成り立たない。。信頼が貨幣ということ。


 お金はお金ですが信頼が根付いていないと価値が成り立たない。


 育った環境の中で、100円とかの重み、お金の重みは感じていた。


 自分の中での原点はそこにありますので人のお金も絶対におソロかに化できないと感じていた。



「いい会社」が「いい会社」であり続ける限り応援し続ける
そしてお客様の資産を守る



いい会社を多くの投資家に知ってもらう。


信頼、志のあるお金の循環、顔のみえるつながりのある
お金の流れを作る。


受益者総会、建長寺、京都で行った色々な人が集まれるような場を作っている。


なるべく多くの人に集まって頂きどういう会社があるのかを知っていただきたい。
なぜならトップの話を聞く、リーダの話を聞くことは皆さんが聞くことで、凄く勉強になる。
ある、尊敬する経営者さんに言われるのが組織はトップの器以上にはならない。
■日本で一番投資したい会社など、鎌倉投信に関する書籍とか

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